東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1292号 判決 1973年4月26日
控訴人 石川治
右訴訟代理人弁護士 鈴木亮
控訴人補助参加人 荒川信用金庫
右訴訟代理人弁護士 吉原歓吉
同 塚越幸弥
被控訴人 野村時夫
右訴訟代理人弁護士 長戸路政行
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決二枚目―記録一六丁―裏一一行目「移転登記」とある後に「手続」を加える)。
証拠<省略>。
理由
一、被控訴人は、昭和二三年六月三日原判決添付物件目録二記載の建物(以下、本件建物という。)を他から買い受けて、その所有権を取得し、同二九年三月三〇日同目録一記載の土地(以下、本件土地という。)の払い下げによりその所有権を取得し、それぞれ所有権移転登記を経由したものであるところ、控訴人が本件土地及び建物(以下、本件不動産という。)を競落してその所有権を取得したとして、これについて東京法務局北出張所昭和四三年四月二〇日受付第一三、一六七号をもって所有権移転登記手続を完了したこと、及び右競落の前提である競売手続は、補助参加人がした根抵当権の実行のための申立に基づくものであったことは、いずれも当事者間に争いがない。
そこで、控訴人が前記競落により、本件不動産の所有権を適法に取得したか否かについて判断する。
先ず、原審証人折原治、原審及び当審証人野村静、同辻沢数雄の各供述及びこれらにより被控訴人作成部分を除き成立が認められる甲第三、四号証によれば、辻沢数雄は、昭和四一年三月二八日被控訴人の代理人として、補助参加人に対し野村静が代表者をしていた共進梱包株式会社が補助参加人との継続的金融取引に基づき負担すべき債務を担保するため本件不動産に根抵当権を設定する旨の契約を締結したことがみとめられる。しかし、被控訴人が直接に、または野村静を通じて間接に辻沢数雄に対し補助参加人との間に前記根抵当権設定契約を締結する代理権限を授与したことを認めるだけの証拠はない。もっとも、前掲折原、辻沢各証人の各供述によれば、被控訴人名下の各印影が被控訴人の印章によって顕出されたことの当事者間に争いのない甲第三号証(約定書)、甲第四号証(根抵当権設定契約証書)、甲第八号証(根抵当権設定登記申請についての委任状)、乙第七、第八号証(連帯保証承諾書)が成立に争いのない乙第三号証(被控訴人の印鑑証明書)とともに辻沢から補助参加人に差入れられていることが認められるけれども、成立に争いのない甲第一号証、当審における被控訴本人の供述によれば、被控訴人は昭和二九年頃くも膜下出血を患い永らく入院生活を送り判断能力も減退していたところ、さらに昭和四〇年に至り肺結核の発病を見、昭和四五年ころまで入院し、その間前示抵当権設定のような問題にはなんら関係していなかったことが認められるのみならず、前記約定書、根抵当権設定契約証書委任状等の書類及び印鑑証明書は、被控訴人の弟野村静が、被控訴人に無断で、被控訴人がその肩書地の自宅の箪笥の中にしまっていた実印を冒用して作成し、また交付を受けて辻沢をして補助参加人に交付させたものであり、また補助参加人に交付された本件不動産の権利証も被控訴人が右自宅の箪笥内にしまっていたのを野村静が被控訴人に無断で持ち出したものであることが認められ、原審証人野村静、当審証人辻沢数雄の供述中右認定に反する部分は採用できないから、結局乙第三号証を除く前顕各書証はいずれも真正に成立したものとは認めることができず、したがって、辻沢数雄が被控訴人のため、前記根抵当権設定契約を締結する代理権を有していたことの証拠たりえない。よって前認定の根抵当権設定契約が被控訴人の正当な代理人によって締結されたとの控訴人の主張は、採用することができない。
以上によればまた被控訴人が辻沢数雄に対し前記根抵当権設定契約を締結する代理権を与えた旨を補助参加人に表示したことも全くこれを認めるに足りないことも明らかであるから、これを前提とし民法一〇九条の適用により補助参加人が本件不動産につき有効に根抵当権を取得した旨の主張もまたこれを採用することができない。
さらに、辻沢数雄が本件根抵当権設定契約締結当時被控訴人の代理人として本件不動産を担保に供して金員を借用すること、とくに少くとも丸善産業株式会社のために設定された抵当権の消滅に関する行為をなす権限を有していたとの控訴人、同補助参加人の主張について按ずるのに、原審および当審における証人野村静の供述中、本件不動産につき抵当権を設定すること及び設定抹消の登記手続をすることにつき一部右主張にそうもののような部分があるけれども、右は同証人の供述のその余の部分及び当審における被控訴本人の供述に照して採用し難く、ほかに、右主張事実を認めるだけの証拠はないから、これを前提として民法一一〇条の適用により補助参加人が本件不動産につき根抵当権を取得した旨の主張は、その他の点につき判断を加えるまでもなく、これまた採用の限りではない。
してみれば、辻沢数雄と補助参加人との間に締結された前記根抵当権設定契約の効力が被控訴人に及ぶいわれはなく、右根抵当権は無効というの外ないから、その実行としての競売手続において本件不動産を競落した控訴人は、本件不動産の所有権を取得するに由ないものというべきである。
そうすると被控訴人は、依然として本件不動産につき所有権を失わないところ、控訴人は被控訴人の現に有する所有権を否認し、これと相容れない冒頭認定の登記を有しているものであるから、被控訴人の本件不動産についての所有権を確認し、かつこれに基づき控訴人の有する前示実体に合致しない登記の抹消を求める本件請求はすべて正当である。
二、よって以上と同旨に出た原判決は相当であって、これに対する本件控訴は、理由がないから、民訴法三八四条一項に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 園部秀信 森綱郎)